『[NHKスペシャル] 人体Ⅱ 遺伝子』
本書は、2019年5月に放送されたNHKスペシャル『シリーズ「人体」Ⅱ 遺伝子』をベースに、遺伝子研究の最前線の成果を紹介したものである。
書籍化にあたっては、番組で紹介しきれなかった最先端の情報も数多く含み、美しい写真と共に全2集に分け200ページほどの内容にまとめられている。
第1集は、「あなたの中の宝物”トレジャーDNA」と題し、これまでゲノム上の”ジャンク(ゴミ)”と呼ばれていた領域において明かされている驚きの研究成果を紹介する。
この”ジャンク”領域こそが、あなたと私とを区別し、唯一無二の存在にしている根拠であるとされている。
第2集は、エピジェネティクス(後世遺伝学)という比較的新しくできた学問分野の最前線に迫る。
エピジェネティクスとは、DNAそのものは変化せずに、遺伝子機能の制御が変化するというものだ。
こうした仕組みのおかげで、我々は子孫に素早くより良い恩恵を与えることができるとされている。
現状、全ゲノム解析では完全に日本は遅れをとり、今、私たちがその解析技術で知らず知らずのうちに頼っているのはアメリカと中国の企業だ
それでは、世界の遺伝子研究がどのような方向に進んでいるのかを見てみよう。
近年の研究では、受精卵が誕生する際に、母親のゲノムにも、父親のゲノムにも含まれない、その子だけが持つまったく新しい変異が70個程度生じることがわかっている。
また、そのような変異のほとんどが、これまで”ジャンク”と呼ばれていた領域に集中しているということもわかっている。
そして、本書によれば、その変異には人類を救う重大な変異がたくさん眠っているという。
近年、解析技術が飛躍的に進歩したことにより、世界中の研究者が個人のゲノム情報を集め、分析することに力を注いでいる
その最前線を行っているのが、中国やアメリカの企業なのだ。
パウラさんのようにSGLT2がうまくはたらかなくても、パウラさんと同様に健康に暮らしている人たちが存在することは、薬剤開発にあたって大きなアドバンテージになる
パウラさんとは、生まれつきあるタンパク質(SGLT2)を作ることができない女性として本書に登場する人物だ。
このパウラさんのように、ある重大な欠損を抱えながらも健康な人と変わらずに生活ができている存在は、薬剤開発の方向性を大きく決定づけることになる。
薬剤開発では、通常、その薬の影響により予想外の害が起こらないかどうか、非常に長い年月をかけて検証する必要がある。
しかし、パウラさんのような存在は、例えば、SGLT2タンパク質の機能を阻害する薬を作ろうとする場合、その目論見は初めからある程度の有意性があることを意味している。
つまり、このように予め研究開発の方向性が与えられていることは、そのまま医療に直結し、さらに言えば、医療費に直結することにもなるのだ。
自国民のゲノム情報を収集し、分析することにはこうした価値がある。
特に、人口減少にもかかわらず社会保険給付費用が右肩上がりに上昇している日本においては急務である。
本書には、遺伝子研究の最前線の紹介だけではなく、生命科学の基本とも呼べる、細胞やDNAの構造、セントラルドグマといった仕組みが最新のCG技術によって再現されており(本書では写真だが)、文章で表現されるよりもはるかにわかりやすい。
これまで生命科学に対して難しい印象を抱いてきた読者にも、初めの1冊としてお勧めしたい内容となっている。
もちろん最先端の情報を知りたいという読者でも読んで損しない内容となっている。
新型コロナウイルスの流行の最中、ウイルスの性質やワクチン開発といった研究において、ますます遺伝子研究は注目されており、その成果に人類の未来がかかっていると言っても過言ではない。
誰もが科学に興味を持つ1冊として本書を薦めたい。