『ラディカル・マーケット』若き天才経済学者からの挑戦状

今の世の中、経済では資本主義が、政治では民主主義が、最も最善の意思決定方法とされている。

しかし、資本主義においては、トマ・ピケティが私有財産をキーワードに富裕層と貧困層の格差が広がることを示した。

また、政治では、民主主義によってアメリカのドナルド・トランプのような大統領が誕生した。

インターネットが登場し、グローバル化が進んだ現代では、資本主義や民主主義といった意思決定が、もはや最前の方法ではないことに私たちは気づきはじめている。

 

本書は、若き天才経済学者と評される著者が、資本主義と民主主義に蔓延る欠陥を明らかにし、より最良の意思決定方法を提案するものである。

あるシステムを理解するには、今そのシステムにどのような課題があるかを知ることが、最も近道になることがある。

本書を読むことは、今の経済や政治を理解する上で、最良の近道となるだろう。

 

では、現代の資本主義はどのような課題を抱えているだろう。

本書によれば、資本主義が抱える問題として特に深刻なのは、経済成長の鈍化と格差の拡大が同時並行で起きていることだという。

こうした現象を本書では「スタグネクオリティ」(stagnequality)」と呼んでいる。

「スタグネクオリティ」(stagnequality)」が進んだ現代では、企業でよく言われているような生産性の減少により、経済成長が鈍化し、そもそも分配されるべき利益を生むことができない。

そんな中で、富裕層による私有財産の独占化が進むことで、富めるものは富み、貧困層との格差がますます広がるというわけだ。

 

こうした中で、本書がいうラディカル・マーケットとは、市場を通した資源の配分(競争による規律が働き、すべての人に開かれた自由交換)という、市場における基本原理が十分に働くよう、正常に機能しなくなった市場を「過激で急進的で根本的に」改革する考えだ。

ラディカル・マーケットとは、わかりやすく言えばオークションを利用した市場改革の仕組みである。

オークションでは、参加者は互いに入札し合うルールになっているため、競売にかかるものは、それを一番必要としている人の手に渡るようになっている。

ラディカル・マーケットとは、このオークションを広く私たちの社会に浸透させることで、今ある資本主義や民主主義の課題を解決しようとするものだ。

 

では、本書の試みを少しだけここで紹介しよう。

上述したオークションが私たちの日常に浸透することについては、現在では一昔前より容易に想像しやすくなっている。

例えば、フリマアプリのメルカリが私たちの日常にもたらしたものを想像してみてほしい。

メルカリは、オークションではないが、洋服や家具といった私物を、自らが金額設定し、メルカリ上で誰でも商売ができるアプリである。

メルカリの登場で、私たちは今までは価値がない(値段がつかない)と思っていたものでも、値段がついて商品になるということがわかった。

本書でいう、ラディカル・マーケットも同じだ。オークションが浸透した世界では、インターネット上で、私たちの周りにあるあらゆるものは価格がついて、自由に売買することができる。

 

ラディカル・マーケットの世界でも、私有財産に値段をつけるのは自分だ。

だが、仮に誰にも渡したくない財産があった場合、人はその財産に対して実際よりも高い値段設定をするだろう。

そこで、重要となるのが、税額の取り決めだ。

本書では、「共同所有自己申告税(Common ownership self-assessed tax)=COST」と呼ばれる仕組みを提案する。

COSTでは、自分が取り決めた財産の価格に対して、税金を支払わなければならない。

つまり、私有財産の実際の価値以上の値段をつけてしまうと余計な税金を払わなければならなくなる。

かといって、課税を恐れて、実際の価値以下の値段をつけてしまうと、誰かに購入され、泣く泣く財産を譲らなければならなくなってしまう。

COSTは、財産の所有者に正しい評価額を自己申告させることができる仕組みなのだ。

 

本書では、この私有財産の他にも、投票制度、移民問題企業統治、データ所有について、現状および現行制度の問題点から著者らの独創的な代替案が示されている。

どれも1冊の本として書かれていてもおかしくないような内容が濃いものばかりだ。

世界が現在進行形で抱える課題を扱っているので、人によっては、興味があるところから読み始めてもいいかもしれない。

 

上述したメルカリのようなアプリの登場などにより、私たちはこのラディカル・マーケットという考えに多少の免疫は持っているだろう。

しかし、本書で紹介される考えは、紛れもなくラディカル「過激で急進的で根本的に」なものだ。

余談だが、本書の著者であるグレン・ワイルは、プリンストン大学を首席で卒業した後、大学院に進学し、平均で5、6年はかかると言われている経済学の博士号(Ph.D.)をたった1年で取得したという、将来のノーベル賞候補とも噂される人物である。

本書は、そんな著者による初めての書となる。

まさに今後の活躍が大いに期待される著者による力作であるため、読まないわけにはいかないだろう。