『マインドハッキング』
事の始まりは、2009年のオバマ大統領の誕生だ。
当時、他の候補よりも若くテクノロジーに明るかったオバマは、「イエス・ウィー・キャン!」のメッセージに代表されるような、華麗なブランディング戦略を駆使し、共和党のヒラリー・クリントンを抑えて、第44代アメリカ合衆国大統領に就任した。
オバマが他の候補者よりも突出していたのは、インターネットの活用であり、本書の言葉を借りれば、データを分析し予測するアルゴリズムであった。
そんなオバマ陣営の手法に魅せられ歓喜されたのが、当時18歳でコンピュータオタクだった著者である。
本書は、2016年に起こった世界的な二つの大事件(ブレグジットとトランプ大統領の当選)に関わったケンブリッジ・アナリティカ(CA)の元社員による告発を元にした本である。
CAは、フェイスブックの情報を利用し、有権者の投票行動に影響を与えたとされている。
本書には、実際にどのようにしてフェイスブックの情報を入手し、分析し、有権者を扇動していったのかが生々しく書かれている。
オバマ陣営はデータから意味を読み取って現実の広報戦略へ適用できる。つまり人工知能(AI)を導入していたのだ。ちょっと待ってくれ‥‥‥選挙運動用のAI?有権者に関する情報を貪欲に取り込み、ターゲティングの基準を教えてくれるロボットの誕生?SFの話ではないか?だが、現実に起きていた話だ。
2009年当時は、著者ですら、選挙に勝つためには、メッセージや情熱が重要であり、コンピュータや数字ではないと思っていた。
そのような常識を180度変えたのが、オバマの戦略であり、以降著者は政治の影の面と最も密接なコンピュータ技術者へと成り上がっていく。
そんな著者が、この仕事の潜在価値に気づいたのは(または倫理面での大きな懸念)、SCLでの仕事が大いに関係しているだろう。
SCLとは、「戦略的コミュニケーション研究所」の略で、もっぱら軍部をクライアントとして世界各地で軍事心理戦や影響工作を引き受けてきた組織だ。
パキスタンでは、イスラム過激派のリクルート活動阻止に関わったほか、南スーダンで戦闘員の武装解除・動員解除、中南米で麻薬対策・人身売買対策プロジェクトを手掛けた。
そんなSCLで働きはじめた著者が引き受けた仕事は、例えば「データを使って犯罪に走りそうなトリニダード人を見つけ出したい」という仕事だった。
先進国に比べ脆弱なセキュリティしかもたないトリニダード・トバゴでは、容易に個人の情報にアクセスでき、住民がネット上で何を見ているかを観察することができた(ほとんどがポルノだという)。
まさにこの描写は、SF映画さながらである。
もちろん、覗かれている本人たちは夢にもそう思ってはいない。
そして、こうした恐ろしい出来事が我々にも迫っている。
それが、ブレグジットとトランプ大統領の当選をも成し遂げたフェイスブックの利用である。
ジェシカスはキーボードをたたき、スクリーン上に一覧を表示した。Aという名前のネブラスカ住民の一覧を見せたのである。続いて、そのうちの一つをクリックした。すると、大勢のAの中の一人-女性ーについてのあらゆる個人情報がスクリーン上に出てきた。顔写真、勤務先、自宅、子ども、子どもが通う学校、自家用車ー。
著者によれば、当初、フェイスブックは第三者によるデータ利用について感慨していたと言っている。
それもそのはず、フェイスブックにとって、自らのユーザーを深く理解することは、より多くの利益を生み出せることに他ならないからだ。
また、ユーザーのプライバシーに関してはフェイスブックの管理体制は驚くほど緩かったとも言っている。
先ほどの引用は、著者らがフェイスブックのデータを元に、他の市場調査会社から得られたデータと組み合わせて作成したデータベース上の情報について説明している一場面である。
本書で一番生々しい記述といえば、この後、当該の女性に電話をしてみるという場面だ。
明らかにプライベートな質問に対して、女性は喜んで自分のことについて話し始めた。
これを見る限り、フェイスブック同様にユーザーである我々自身の”データ”への理解にも問題があると言わざる負えない。
多くのテクノロジー企業は、こうした情報の非対称性で膨大な利益を生み出している。
つまり、我々はテクノロジー企業から情報サービスの提供を受け、その見返りとしてより多くの情報を渡しているが、その使い道については、ほとんど知らされていないという事実だ。
現在のようなコロナ禍においては、オンラインで過ごすことが大半を占めているという方も多いことだろう。
本書を読んで、ただただ怖いというだけでは済まされない。
あなたもデジタルツールの利用者の1人として、本書は絶対に読んでおくべきだ。