『人口減少社会のデザイン』アベノミクスよりも強力な国家戦略

 

普段通勤している何気ない光景を思い浮かべて欲しい。

その中には、毎日同じ時間にあなたと同じ電車に乗っている人たちがいるかもしれない。

だが、あなたはその人たちの名前や何をしているのかも全く知らない。

東京といった都心に住んでいれば、こうした日常が当たり前のようになっている。

しかし、そうした日常に私たちは寂しさや孤独を感じている。

 

「社会的孤立」という言葉がある。

これは、家族などの集団を超えたつながりや交流がどれくらいあるかに関する度合いを示しているが、ミシガン大学が中心で実施している調査によれば、日本は先進諸国の中で最も社会的孤立度が高い国となっているようだ。

つまり、私たちが普段感じている孤独や寂しさといったものは、多くの日本人が持つ共通の認識と言っても過言ではない。

 

高齢化という言葉も私たち日本人にとっては、すでに聞き慣れた言葉となっている。

終戦後、7,000万人ほどだった日本の人口は、高度経済成長を経て、12,000万人へと急激に増加した。

しかし、その人口の増加も2008年にはピークに達し、現在の日本は、世界でトップの高齢化率を誇る高齢化社会へと変貌を遂げている。

 

本書は、著者を代表とする京都大学の研究者らが公表した、「AIの活用により、持続可能な日本社会の未来に向けた政策を提言」という研究成果をもとに、日本社会の未来に関し述べたものである。

 

本書のタイトルにもある「人口減少社会」とは、まさにこれから始まる令和の時代を指している。

先述した高齢化に加え、少子化といった問題もある日本は、これから世界でも類をみない人口の減少を目の当たりにするだろう。

しかし、暗澹とした未来を描くばかりではなくて、この「人口減少社会」を人類史上初めて経験する事象とし、その機会をチャンスと捉え、希望を持とうとする試みが存在する。

それがまさに著者が行なっている研究というわけだ。

 

まずは、本書のベースとなっている著者による研究について簡単に説明しよう。

先述した「AIの活用により、持続可能な日本社会の未来に向けた政策を提言」とは、京都大学が持つ社会構想と政策課題に関する知見と、日立のAI技術の融合による約2万通りもの日本の未来についてのシュミレーション結果から導き出された、持続可能な日本を実現するための提言である。

本研究は、”AIを活用した”社会構想と政策提言という日本でも初の試みであったこともあり、政府の各省庁、地方自治体、民間企業などから多くの反響があったとのこと。

上記の研究成果は、文部科学省もその活用に乗り出し、2018年には著者らと協働して報告書を提出するなど、その具体的な活用についてもすでに始まっている。

 

本書では、AIによる2万通りのシュミレーションから導き出された興味深い結果をもとに、日本の都市や社会保障、医療、福祉といったものの未来を考え直していく。

興味深い結果とは、現在のように東京といった大都市に全てが集中する社会よりも、地方に人々が分散して暮らす社会の方が人々の”幸福度”が増すというものだ。

これはまさにこれまでの日本が辿ってきた道筋とは真逆をいく発想となるが、すでに政府の各省庁や地方の自治体は地方分散型社会の実現に向け、動き出しているというのもまた事実である。

 

こうした地方への分散を論じた場合、よくある反論として、経済成長が鈍化してしまうというものがある。

このような考えに陥ってしまうのは、本書でも指摘しているが、私たちはまだ高度経済成長時代に染み付いた発想を今も根強く引きずっているからである。

高度経済成長という時代は、本書から引用すれば、以下のようなものだった。

 

急激な人口増加の時代というのは、一言で言い表すとすれば日本人あるいは日本社会が「集団で一本の道を登る時代」だったと要約できるだろう。それは良くも悪くも”一本の道”であるから教育や人生のルートなどを含めて多様性といったことはあまり考慮されず、文字通り画一化が進み、それと並行していわゆる集団の”同調圧力”といったものも強固なものになっていった。

 

日本は敗戦国であるにもかかわらず、戦後、奇跡とも呼べる経済成長を遂げた。

それを可能にしたのは、国を挙げて”東京”への一極集中社会を作り上げたからに他ならない。

しかし、成熟した今の日本において、かつての経済成長を望むことはできないと私たちは早くに知る必要がある。

それは、歯止めの効かなくなった国の借金に対する考えにも現れている。

日本における政府の債務残高ないし借金は1000兆円とも言われており、これは日本のGDP国内総生産)の約2倍にあたる。

私たちは膨大な借金を将来世代にツケ回ししているが、対策といった対策はなく、アベノミクスに象徴されるように経済成長がなんとかしてくれるという考えを今だに持ち続けている。

だが、成熟した社会には成熟した社会なりの考えや生き方をしなければならない。

本書は、これまで将来にツケを回すことしか能がなかった考えから脱却し、これから世界的にも高齢化が進む中で、再び日本が世界の手本となれるよういかに行動すべきかが書かれている。

 

そもそもみなさんは「持続可能」という言葉の意味を知っているだろうか。

本書によれば、持続可能というのは、国連の「環境と開発に関する世界委員会」が1987年に発表した報告書「われら共通の未来(Our Common Future)」(ブルントラント委員会報告)において打ち出されたもので、そこでは「将来世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすような発展」が「持続可能な発展」

であると定義された。

つまり、持続可能とは、元々は「将来世代」のことを考えた言葉だったのだ。

令和の時代は始まったばかり。少しでも日本の将来を明るくするためには、まずは本書を読むべきである。

 

人口減少社会のデザイン

人口減少社会のデザイン