『「人間とは何か」はすべて脳が教えてくれる』さあ、教養への扉を開こう!

本書の価格は2200円、300ページにも満たない本としては少々高値と感じる。

しかし、脳科学がどこまで私たちの脳について解明できたかを理解することができて、なおかつ、誰の日常にも生かすことができる知識を授けてくれる本書は、それだけの価値を持つに値するといっても過言ではない。

研究にも実用にも偏らず、常に平易な言葉で語られる本書は、上質な大人の教養書と呼べるだろう。

 

脳とは何か。科学者はこの謎についてあまりにも多くの時間を割いてきた。

脳とは、本書の言葉を借りれば、私自身を研究できる唯一の臓器である。

人間の脳が他の動物と比べて特別なのは、その形態学的な特徴にも現れている。

地球上において、クジラやゾウといった地上および水中で最大の大きさを誇る動物だけが人間よりも大きな脳を有しているが、体重に占める脳の比率を比べると、やはり人間の脳の方が大きい。

もう少し踏み込めば、脳において大脳皮質と呼ばれる思考と言語の中枢をつかさどる領域が持つ神経細胞の数が、

人間は他の動物よりもはるかに多いことがわかっている。

つまり、人間を人間たらしてめているのはまさに大脳皮質と呼ばれる領域なのだ。

本書は、この大脳皮質が持つ特性に焦点を当て、脳というもの、いや、”人間”の脳というものを解明していく試みである。

 

私たちの脳がどれだけ素晴らしいものであっても、やはり脳には限界があるのだろうか。

言い換えれば、私たちが記憶することができる容量には限界があるのかを考えてみよう。

歳をとってくれば物覚えが悪くなると言うし、試験に向けて徹夜で勉強しようと思っていても、途中で疲れて投げ出してしまうなんてことは誰だって経験があるはず。

しかし、脳科学者によれば人間が記憶できる容量にはほとんど限界がないという。

それは、記憶するという行為が、常に進行中のプロセスで、一度きりのものではないからである。

 

私たちが記憶することに限界があると感じてしまうのは、”集中”するという行為に密接に関わっている。

例えば、人間は決して2つのことを同時に行うことはできない。

一見、そのように見える人の脳の中でも、集中する対象が2つの間を忙しなく行ったり来たりしているだけで、実際に処理している対象はたった一つである。

そして、それがより類似しているタスクであれば、つまり誰かのスピーチを聞くのと文章を読むといったタスクを同時にこなそうとすれば、この2つのタスクは処理される脳内の領域がほぼ一緒であるが故に、脳内の神経細胞ネットワーク同士が競合してしまい、私たちの脳はいとも簡単にフリーズ状態となってしまう。

 

いつの時代でも、私たちが最も憧れて目指す先となるのは、知能の高い人間になることでしょう。

知能が高い人間は、一般的にそうではない人たちよりも、難しい仕事をこなし、高収入を得ることで成功を手に入れている。

しかし、そもそも知能が高い人というのはどういう人のことを言うのだろうか。

学力テストが高い人がそうなのか、はたまたIQが高い人達のことを指しているのだろうか。

本書の言葉を借りれば、知能をテストするということは、専門家が何百ものテスト結果を何百年も精査してもなお、揺るぎない最良のテスト方は見つかっていない。

つまり、そもそも知能というのは、それだけ定義することが難しいものなのだ。

 

ここで、私が興味深かったのは、一般的に成功を収めやすい人たちと、そうではない人たちとの”意欲”についての違いである。

何かに猛烈に集中できる人間、いわゆるハードワーカーと呼ばれる人たちは、大脳基底核および前頭前皮質と呼ばれる領域で分泌される快楽物質ドーパミンの量が多いとされている。

ドーパミンは、やる気、記憶、注意力、睡眠、気分、学習、そして報酬について非常に重要な神経伝達物質である。

本書によれば、ドーパミンは、その人の努力次第でその分泌量を増やすことが可能な物質のようだ。

裏を返せば、いかに天性の才覚を持って生まれた人間でも努力を怠っていれば、それ相応の人生しか歩むことしかできないことを意味する。

つまり、たとえ平凡な知能しか持たず生まれてきたとしても、難しい課題に挑み続けることで、最良の人生を手に入れることは可能なのである。

 

本書の中に数多く散りばめられている脳科学の研究成果は、きっとあなたの日常にも垣間見える身近なもので、それに出会ったとき、あなたはもっと自分自身の脳について知りたいという気持ちになるはずである。

そう思う度に、何度も何度も本書を手に取っていただきたい。

そして、本書を読んでも、知りたいことが書いていないのであれば違う本を探しに行くのもいいだろう。

そうして、ますます新しい知の領域が増えていくことが、本書の願いでもあるはずだ。

さあ、ビジネス書や自己啓発本ばかりを手に取るのではなくて、教養に通じる扉を開いてみてはどうだろうか。