『上海フリータクシー』
本書は、今の中国の現状を知るには、もってこいの本だ。
インターネットが登場し、微博という中国版ツイッターでは政権批判なる意見が飛び交うところを見ると、ひと昔前に比べれば中国社会は一見よくなっているように思える。
しかし、多くの中国人はまだ自らの本音を語ることには慎重で、今食べているものが安全かどうかすら確信がもてず、呼吸をする度に自分の肺が痛むことに懸念を抱いている。
そんな、今や世界第2位の経済大国となった中国が抱えている闇とは何であるかを、本書は明らかにする。
著者であるフランクは、上海でナショナル・パブリック・ラジオの特派員として働く傍ら、ある副業を始めた。
その名も、おしゃべりと交換でタダ乗りできるタクシーだ。
本書は、そんなタクシーという密室空間で語られた、中国人の本音を丹念に書き留めたものだ。
そこには、「チャイニーズ・ドリーム」と現実とのギャップに苦しむ、「人間臭い」中国人の姿が浮き彫りとなっている。
人びとは「より高くさらに高い要求を、とくに政府に対してぶつけます。今の中国で一番変化が必要なのは政府だと思います。彼らのマネジメント能力と官僚たちのスーチーが大いに高まらないといけません」
このように語るのは、貧しい田舎出身であるが、アメリカへ留学後、上海で弁護士となったレイという女性である。
スーチーというのは、日本語でいう「素質」に意味が近い。ある人の内面の質、性格、素養を意味する。
レイのような知識人が求めるのは、中国にいる14億人もの人々の創造性を解放するように、政府が自ら働きかけるようになることだ。
しかし、習近平率いる中国政府は、世界を舞台にした中国の過去の栄華を再興するために、何億という国民に働いてもらう事しか考えていない。
1970年代に鄧小平は「金持ちになることは栄光である」と、これまでの共産主義のイデオロギーを覆すようなことを言ったとされる。
それから、中国は物凄い勢いで資本主義に傾倒し、それが却って、現在の人口の20%が富の80%を所有するという格差社会を作ってしまった。
同時に、何千万という男性が仕事を求める中、沿岸の諸都市では売春への膨大な需要が生まれた。
教育を満足に受けたことがない貧困層の女性たちは、売春により大金を稼ぐことで、その後実業家となる夢を果たしたという。
本書に登場するウィニーも、そんな野望を持つ女性の一人であった。
しかし、ウィニーは売春から足を洗い自身の夢に向かって歩き始めたところで、“よくない”男性たちとの間でトラブルを起こし、ついには失踪してしまった。
本書に登場するウィニーの物語は悲惨としか言いようがない。
口にしてしまったことはあとで否定できなくなりますからね。私の声だってことは明らかだから。わたしに不利なかたちで利用されるかもしれないし、恐ろしいというのは何が起きるかわからないことの恐怖なの。
何か起きるかわからぬ恐怖、それを本書ではひしひしと感じる。
事実として、裕福な中国人たちは、政府から自らの資産を守ることを第一に考え、家族のパスポートを取得することに躍起になっているし、中国のどこにでもいるような人たちでも、自身の身に何が起こっても大丈夫なよう出口戦略を常に立てている。
本書に出てくる驚愕のエピソードを知れば、彼らがなぜそのような行動を取るのかも少しは理解ができるだろう。
そして、本書を読めば、周りの中国人や世界の見方を確実に変えるはすだ。
本書はそんなノンフィクションの醍醐味を存分に味合わせてくれる一冊である。