『自分の薬をつくる』
本書は2019年に行われたあるワークショップをもとに書かれた本である。
このワークショップでは、誰にも言えない悩みを持った人々が集まり、診断室と見立てたセットの中で、一人ずつその悩みを打ち明けていく。
セットと言っても簡易的な衝立が立てられているだけなので、自分の打ち明けた悩みは他の参加者全員にも聞こえている。
そんな「患者たち」の聞き手を務めるのは、本書の著者の坂口恭平さんである。
この坂口恭平さんという人は、何とも形容し難い人物である。
ルポルタージュ、小説、画集、さらには音楽まで、幅広い分野で活動しており、また、自らの携帯電話番号を公開し、悩める人々がいつでも相談できる窓口として「いのっちの電話」を開設するなど、
多岐にわたり活躍している。
本書は、そんな「いのっちの電話」で得られた知見をもとにして、ワークショップで寄せられる様々な悩みに対し、具体的な解決策をアプローチしていく。
ワークショップの相談には、「人生に絶望している」「やりたいことがありません」「やめられないことがあります」「好奇心がありません」と言った誰もが抱えそうな悩みが数多く寄せられる。
中には何を話して良いのかわからないという強者までもいる。
一見、これらの悩みは全く別々のようなものに感じられるが、「いのっちの電話」を通してこれまで約2万人もの人々の声を聞いてきた坂口さんは、多くの人の悩みというのは、
原因を辿れば実は同じであると述べている。
すべての人が同じ悩みなら、もうそれは悩みではなく、人間たるものみんなそんな状態にあるということですので、自然そのものの姿です。むしろ健康の証です。
多くのひとは悩みを人に打ち明けることもしないし、逆に他の人の悩みを聞くこともない。
普段悩みがあれば、何でも親しい友人に話しているという人でも、実は自分が一番気になっていることは話さないものなのだ。
だが、坂口さんはそういった悩みを数多く聞いてきたからこそ、みんなの悩みの共通部分に気づくことができた。
では、いったいなぜ、生き方も現在置かれている環境も全く違う人々であるにもかかわらず、共通した悩みを抱えてしまうのだろうか。
多くの悩んで悶々としている人々が決まって口にする言葉があるという。
それは「好奇心がない」「関心がない」「興味がない」と言った言葉だ。
よく死にたいと口にする人はこの3つの状態に陥っていることが多い。
そういう人でなくとも、これは誰でも疲れている時などにそのような気持ちになることがあるはずだ。
坂口さんは、このありがちな感情に新しい視点を加えている。
「好奇心がない」「関心がない」「興味がない」という状態について、私にはもう一つ別の経験があります。それが「つくる」ときなんです。
つくる直前はそうではありません。真逆であることの方が多いんです。とても敏感になっているので、ちょっとしたことで考えが揺れ動きます。前向きというよりも、後ろ向きであることの方が多いです。そして、何よりも「好奇心がない」「関心がない」「興味がない」という状態になっているんです。
何かを創作するとき、好奇心はむしろ掻き立てられた状態になっているのでは?と誰しもが思っている。
しかし、坂口さんは「好奇心がない」「関心がない」「興味がない」というのは、実は何か生み出される前に必ず起こる、大事な「停滞」のようなものであるという。
多くの人はそのことに気づかず、こうした感覚に触れてしまうがために、落ち込んだり自分はダメだと思ってしまうのである。
だが、多くのアーティストは、自分というものを押し殺して、できるだけ自分を出さないようにすることで、何かを生み出している。
「好奇心がない」「関心がない」「興味がない」といった感情は、実は体が何かアウトプットを望んでいるサインなのだ。
そして、多くの人が共通してできていない、欠けていることが、アウトプットをするということである。
アウトプットをしなければならないことは多くの人にとっては自明だろう。
だが、坂口さんはもっと危機感を持つようにと促している。
インプットばかりで生活をしていると、体が危険を感じて、ちゃんとサインを送るということです。しかも、それは体からすれば死活問題ですので、かなり正確な、そして激しい警告を送っているはずです。
さきほどの「好奇心がない」「関心がない」「興味がない」といった感情に陥ってしまうのも、私たちが普段インプットばかりの生活をしているが故である。
なぜ私たちはアウトプットが苦手なのかというと、単にアウトプットの仕方を教わってこなかったことが原因である。
本書では、アウトプットをするということを、自分だけの日課を作ると言い換えて、様々なアイデアを提案している。
毎日何かを続けることを苦手だと思っている人は多いだろう。
しかし、本書を読めば、アウトプットする前の無気力感を力に変え、何かを続けることの大切さを思い知るはずだ。